京王線事件とホームドア:明るみになった課題

先日投稿した京王線事件について新しい情報が入りましたので今日はこの点を踏まえて書いていこうと思います。

まずはハフポストの記事をご紹介します。

京王線刺傷事件で「窓からの脱出」が起きるまで。ドアを“開けられなかった”京王電鉄の判断
https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_617f4b8be4b066de4f719a44

短いながらもかなり突っ込んだ内容の記事ですので順を追って解説します。

退行ではなく流転

先日ご紹介した動画につきまして停止位置修正による退行運転が行われたと推測させていただきましたが、結論から先に申し上げますとこれは停止位置修正ではありませんでした。正しくは、

「流転」

そう、転がったのです。あの不自然なまでに早い退行も流転なら説明がつきます。

しかしドア開放に伴う力行回路遮断が原因の流転だったとは…洞察力のなさを恥じる次第です。その点はお詫びしたいと思います。

しかしこれで解決かといえばこれはこれで問題です。前回ご紹介した記事では、

乗客が、手動でドアを開けられるようにするドアコックを操作。さらに減速して停車位置から2、3メートルずれて止まったため、いずれのドアも開かなかった。

朝日新聞 11/1(月) 12:47配信

それが今回の記事では、

停車位置が本来よりも1メートル手前にずれた。位置を修正しようとしたが、乗客が非常用のドア開放装置「ドアコック」を使用したため、前進できない状態になったという。勾配でさらに1メートル後退し、停車位置が本来よりも2メートルずれたという。

ハフポスト 2021年11月02日 10時55分配信

記者の解釈の差の可能性も考えましたが、どう贔屓目に見ても数字が違いますし表現そのものが違います。後退したという内容は調べたところハフポストの記事が初でした。これは何を意味するのか?

運転士からの証言が変わった可能性があります。

朝日新聞の記事が発表された時点ではまだ概要が知られていない時期のもの、しかしハフポストの記事は動画投稿など一連の情報が出回ったあと、きな臭さを感じます。

「事なかれ主義」

これが今回追加になるキーワードです。

なおも残る動画と証言の齟齬

記事では1m流転したという説明ですが、先日ご紹介した動画を見る限りではもっと下がっていて軽く2mは動いています。これが退行運転と読み取ってしまった理由です。

正直なところを申し上げますと、異常事態で焦っているとはいえ流し過ぎです。

恥ずかしながら自分自身、勾配のある留置線での出庫点検中に制御のリセットを失念していたのが原因で車両を流しかけたことがあります。しかし起動しなかった瞬間に「あ!リセットを忘れていた!」と気付きすぐにブレーキを取りましたのでおおよそ10cmぐらいですが動きました。前進起動試験で進路は目視できており危険性はなかったのですがヒヤリとしたのは事実です。

制御スイッチを入れ忘れで起動しないというのはありがちなミスで、先輩にも聞いてみたらやはり経験は一様にあるようです。それでもノッチを入れた瞬間に気づいて直ちにブレーキをとるのが一致した意見です。

それが今回、公称でも1mも流しています。何度も申し上げますが、流し過ぎです。

そもそも戸閉灯が消灯すれば直ちに停止が常識ですが今回はそれがなされていません。駅間停止を避けられたので結果オーライといえなくもないですが、この点についてはどうでしょうか?

あえて駅間停車を避けたという可能性は上記の流転から否定されます。

となると戸閉灯の見落としになりますが、過去には近鉄西大寺駅の戸挟み事故において戸閉灯の位置がかなり高い位置にあり消灯に気付かず事故後計器類の横に増設されたという事例がありますので、状況によっては無きにしも非ずです。もしかしたら京王の戸閉表示灯についても見辛い位置にあるのかもしれないと思い動画を探してみました。

ありました。

中央部に表示されている「戸ジメ」が表示灯に相当します。同社に所属する他の形式でも同様の位置に表示灯があることを確認しました。これに気づかないということは相当に焦っていると思います。

フェーズ理論でいう4段階目の過緊張、いわゆるパニック状態に近かったのではないでしょうか?停車してもなお戸閉表示灯消灯に気がついていないことがそれを証明しています。もし気付いていたら停止後にブレーキを緩解させていないはずです。

これは何を意味するかといえば、優先順位を完全に逸脱した行動をする可能性があるということです。すなわちこの心理状態がドア開扉を見送った判断につながるという論です。

待て!これは運転士の例で車掌は関係ない!という貴方、現場に直面した車掌こそ同等の、いやそれ以上の過緊張が発生していても不思議ではないと思いませんか?

ホームの余裕

ハフポストの記事においてもうひとつ疑問に思ったのは停止位置から2m程度のずれで列車がホームから外れるのかという点です。

確かに京王線はかつては8両編成と10両編成が混在していたので10両が基本の特急では余裕がないのかもしれないと思い調べてみました。

ありました。

確かに余裕は少ないように見られます。しかしそれは車端部からの話であって、乗務員扉を外すような恰好であれば3mまでならいけると思います。それに最後部の扉が外れてもすぐ近くで乗務している車掌が直接注意喚起できるはずです。

この件について京王電鉄側の発表は、

車両のドアとホームドアの位置が離れているため、車両のドアを開けると、一部の車両で乗客が線路に転落しけがをする恐れがある。車内はパニック状態で、乗客が窓からホームに脱出し始めており、ホームドアに足をかけて脱出する人の姿もあった。車掌ら京王電鉄側はこうした状況を踏まえて、車両のドアを”開けられない状態”であると判断したと説明。

ハフポスト 2021年11月02日 10時55分配信

端的に申し上げて説明になっていません。車両のドアとホームドアの位置が離れていたら何故に転落へ直結するのでしょうか?車掌は最後部に乗務していて停止位置は目視できますし、当の京王電鉄の発表では所定停止位置から2m手前に停止していることになっています。現地の状況からみて問題は起こり得ません。

当初の発表から二転三転、しかも説明になっていない回答に終始する京王電鉄の対応は場当たり的なものであると断ずる他ありません。

京王電鉄は緊急停車までの一連の対応について「社の規定に照らして、間違っていなかった」とハフポスト日本版の取材に説明。

ハフポスト 2021年11月02日 10時55分配信

ついには「規定」を盾にしています。確かに規定こそ鉄道の要で、私自身も大原則と考えている一人です。運転安全規範に謳われている「規定の遵守は安全の基礎である」が総てです。

とはいえ目の前で火災が発生しているのです。列車火災の怖さは北陸トンネル事故の例をみても明らかです。それが目の前で再現されつつあってもなお規定を守ってドアを開けなかったと答える、裏を返せば京王電鉄社員は「規定違反を恐れるがあまりに緊急事態であっても対処できない」と宣言しているようなものではないでしょうか?

これは会社の風土として不健全そのものです。

前回の記事では「車掌スイッチを扱っても動作せずパニックになった」可能性を考えましたが、もしかしたら本当に開けるのを躊躇ったのかもしれません。社風が社風なら十分にあり得る事態です。

鉄道会社の事なかれ主義

ここで不思議なのは他責にもかかわらず何故にこのような回避論になるのかということです。

恐らくですが、鉄道会社でありがちな「事なかれ主義」が同社にも横行しているのではないかと考えられます。本当に多いんですよ、鉄道会社の事なかれ主義。

私が以前遭遇した例を紹介します。

とある上り列車を運転区のある駅で交代そのまま終点まで運転、下り列車として折り返しの発車準備をしていたところスイッチ整備の不備を発見しました。かなり重要なスイッチなので直ちに復位、帰区後直ちに当直に報告、ヒヤリハットとして提出したい旨を申告しましたが、

「これは明らかに運転士側のミスなので運転区としてヒヤリハット報告はできない」

キッパリと断られました。

正直、耳を疑いました。いやいや、スイッチが切れていただけで事象は発生していないのだから報告しましょうと再度進言しましたが、結局報告書は受け取ってもらえずそのままうやむやになってしまいました。内々で車両区にお願いして当該スイッチにカバーをつけてもらえたのは不幸中の幸いでしたが。

実はこのような事例はごく一般的で、従事員のミスとして処罰されるのを恐れるあまりほんの些細なことでも揉み消す文化は未だ存在し、鉄道ではヒヤリハットは機能しないとまでいわれています。会社によってはヒヤリハットの提出のし辛さを認識たうえで「出来事メモ」として提出するよう求めている例もあり笑うに笑えません。それこそがヒヤリハットでしょうに。

そのような文化が京王電鉄社内に蔓延っていても何ら不思議ではありません。

しかしこのままの考え方で良いはずもなく、京王電鉄のみならず業界を挙げてこの風土を改めなければいけない時期に来ていると思います。大事故が起きてからでは遅いのです。

最後の頼みは国交省

今回の事件はホームドアの弱点を突いたものです。すなわち、

「入れない=出られない」

本当に単純なことですが今の今まで誰もその危険性に気付かなかったのです。もしかしたら気付いた人がいたかもしれませんが、その危険性を声に出す人は周りにいませんでした。少なくとも私は想像できませんでした。

今回の事象について、国交省は当初「同社の対応は問題はない」という見解を示していました。ホームドアを悪者にしたくないという思惑が見え隠れしていて憤りを覚えました。

絶好の機会なのに潰してしまうのか…

このままドアコックだけの話に終始するのかと思っていたところ、このような記事が出てきました。

電車の扉とホームドア、「ずれても開扉を」 京王線の事件受け国交省
https://www.asahi.com/articles/ASPC274W7PC2UTIL03W.html

11月2日に国交省が大手32社との緊急会議の結果、ホームドアと扉が「ずれても開扉を」という指示を発することになりました。

正常な判断をしてくれてよかったと思います。

前回の記事でも書きましたが、いくら何でも火災と開扉を天秤にかけたら当然開扉でしょう。転落しても怪我で済みますが煙に巻かれたら死が待っています。もし韓国大邱市の地下鉄火災のような事態になっていたらそれこそ大惨事ですからね。霞が関も流石に事の重大性に気がついたのではないかと思われます。

これにより今までひたすら設置”だけ”が進んでいたホームドアも一定の対策がとられることになります。これは大きな前進です。

今回の件は列車火災事故として運輸安全委員会が入ることになると思われますので、報告書が発表され次第また取り上げさせていただきたいと思います。

あと、最後にひとつだけお願いを。

走行中の列車では如何なる場合でも絶対にドアコックを触らないでください。

ドアコックについての内容は一般論なので割愛しましたが、最近妙な報道が多いので注意喚起させていただきます。良識ある皆様、どうかよろしくお願いします。

あかつき

しがない鉄道マン・兼業ミュージシャン。 機関車乗りを長くやったのち電車乗りに。そしてまたもや機関車乗りになったあと電車乗りに。 フラフラしながら今日も小さな電車を転がしています。

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