カシオペア紀行の怪:複雑怪奇な機関車のブレーキ

事故解説

あけましておめでとうございます。

気がついたら投稿がかなりご無沙汰になってしまいました。更新頻度がなんともお寒い限りですが、今年も少しずつ書いていこうかと思います。よろしくお願いします。

今回は1月9日に発生したカシオペア紀行による輸送障害をまとめブログ的な感じに仕立ててあります。後半は同現象に近い体験談をまとめていますので是非ご覧ください。

機関車から火花と発煙!?

カシオペア紀行の回送が東北本線で運転されていたようで、例のごとく東北本線沿線は撮影者の山だったようです。そのような中でこのツイート。

車輪から火花でぱっと思い浮かんだのが制輪子の火花です。

在来形式と呼ばれる国鉄型の機関車で使用されているのは鋳鉄制輪子でして、制動中に火打石のごとく火花が出てマクラギに引火というのはそれほど珍しい現象ではありません。冬の時期は枯草も多いのでそちらに引火してボヤになっても不思議ではありません。

しかし次の動画を見て唖然。

なんとぜんぶの軸から火花が散っていて発煙しています。走行音から力行中と考えられますので主電動機ではなく車軸?それとも制輪子?これはいったい…

と思ったら公式で運転見合わせ情報が出ていました。槻木~東白石で沿線火災で藤田~岩沼で運転見合わせ。どこで止まっているのだろうと調べてみると貝田に停車中とのこと。

運転見合わせ区間が藤田以北になっているのはこれが理由のようですね。それにしても貝田といえば峠越えの最中で東京方に向かって上り勾配の棒線駅です。そんなところで止まったというとかなりの非常事態です。

というかこのツイートの2枚目の画像、車輪が既に怪しい雰囲気ですが…

と思ったらあっという間に福島~白石間になってしまいました。藤田~越河で止めればいいような気がしますが系統ごと取りやめにしたほうがいいと判断したものと思われます。これは暫く動けないとみました。

14時58分には沿線火災が鎮火したようで運転再開したようですが、公式の運転情報ではこのあとも福島~白石間の運転見合わせは継続中になっていました。この書き方だとどこが運転再開しているかわからないですよ、JR東日本さん。

それはさておき、現地の写真が続々上がってきました。どうも周辺は撮影者が多いようですぐさま現地に人が集まったようです。

あー、これはやってますね。

BCが上がったまま力行したのでしょう。制輪子が完全に焼け落ちています。しかもタイヤの輪心まで変色しているので相当過熱したものと思われます。ここまでの症状だとタイヤ自体が変形している可能性や車輪内面間距離が変わっている可能性があるので救援を呼んだところで検査せずには動かせないと思います。というか近くに機関車はいるのでしょうか?

それよりもBC圧がかかっているのが気になります。機関車だけでも緩解させておかなければ融けた制輪子が固着して本当に転がすことすらできなくなる可能性もあります。BCが上がった原因はともかく事後の取り扱いもちょっと信じられないです。単機じゃないのにこれはちょっと…

この運転士は素人ですかね?

それにしてもここまでタイヤが変色して制輪子もなくなっている画像ってなかなかありません。これはブレーキ残し注意の訓練で使用できるレベルの素材ですね。BCのストロークが突き抜けているというのもなかなか凄いです。少なくとも私は見たことがありません。

救援は貨物会社の機関車になったようです。EH500-17、客車を牽くのは初めてかもしれません。

 日本貨物鉄道(株) 2023年1月9日22時現在の輸送情報 から引用

東福島停車中の4089列車のカマを救援に当てた可能性が大ですね。

結局19時運転再開見込みのところ19時43分に再開したとのことでした。メチャクチャ時間かかっていますね。もっとも検修社員と救援機関車の手配、藤田からの逆線運転による伝令法を考えたら妥当な線といえるかもしれません。

機関車列車のブレーキ

そもそもいきなりBCなり単弁なり言われてもわからない方がいると思うので、まずは機関車のブレーキについて解説します。

機関車のブレーキには主に自動ブレーキと直通ブレーキが相互に使用されています。

自動ブレーキとはブレーキ管(BP)に490kPaのエアを予め込めておいて減圧することにより制御弁が動作しブレーキを作用させる仕組みです。そして再び490kPaまでエアを込めると緩解します。直通ブレーキとはすなわちブレーキシリンダー(BC)に直接空気圧をかけてブレーキを作用させるものです。

機関車列車では自動ブレーキは列車全体に、直通ブレーキは機関車単体にブレーキを作用させます。

その自動ブレーキを作用させるのが自動ブレーキ弁(自弁)、機関車単体にブレーキを作用させるのが単独ブレーキ弁(単弁)になります。

下の大きいほうが自弁で上の小さいほうが単弁です。

それぞれの位置はこのようになっています。

なにがなんだかわからないと思いますが、とりあえず解説します。BPは列車全体のブレーキ管、BCは機関車のみのブレーキシリンダー圧のことです。

自動ブレーキ弁
・ユルメ位置:BPへ急速に高圧のエアを送る
・運転位置:BPへ490kPaを込める
 →運転中はこの位置が基本
・保ち位置:機関車のブレーキをかけたままBPに490kPaを込める
 →発車前に機関車だけブレーキを残したいときなど
・重なり位置:ブレーキ作用を保つ位置
 →減圧も込めもしない
・常用ブレーキ位置:BPを緩やかに減圧する位置
 →放置するとずっと減圧し続ける
・非常ブレーキ位置:BPをぜんぶ吐き出して非常ブレーキをかける

単独ブレーキ弁
・ユルメ位置:機関車のBCだけ抜く位置
・運転位置:単弁を使わないとき
 →機関車単独でブレーキを使用した際この位置で緩解する
・重なり位置:BC圧が上がりも下がりもしない位置
・緩ブレーキ位置:機関車だけゆるやかにブレーキをかける位置
・急ブレーキ位置:機関車だけ急速にブレーキをかける位置

…これは実際触らなきゃわからないかもしれないです。

ちょっとムチャがありますがこの点を踏まえて以下の解説に進んでいただければと思います。

なぜBCが上がったのか?

では何故このような状態になったのかという点です。五つのパターンが考えられます。

・空転防止のため単弁をかけたまま失念
・クリープオン現象が発生した
・ブレーキの緩解失念

・ハンドル位置不適切
・制御弁がボケた

それぞれ順に考察します。

空転防止のため単弁をかけたまま失念

東北本線は場所によってはかなりの急勾配で、古くから重連運転をおこなう線区として有名です。今回列車が停止した貝田駅も越河峠といわれる難所で、最大25‰の急勾配が続く区間です。

空転発生時は撒砂と単弁当てが基本です。ここで該当するのが後者です。

空転時には撒砂するのが有名ですが、機関車列車の場合は単弁をかけるのが有効です。車輪踏面を清掃して油や水分を除去して再粘着を促すもので、決して回転を止めるというものではありません。よって当てるのはごくわずかとなります。

もちろん連続で当てるのではなく軸重が移動しやすい曲線などピンポイントでおこなうのが基本です。理由は明白、やりすぎると車輪踏面に傷が入ったり過熱の恐れがあるからです。

しかし発煙が最初に確認されたのは船岡~大河原なんですよね。

ここは急勾配区間ではありませんし、天候も悪くないので空転が起こり得るリスクは限りなく低いと思われます。個人的には可能性が低いと思います。

クリープオン現象が発生した

クリープオン現象とは何ぞや?という話ですが、それには先ほどの自動ブレーキの仕組みをおさらいする必要があります。

先のとおり自動ブレーキはBPに予め490kPaのエアを込めておいて、それをブレーキハンドルにより減圧することにより制御弁が動作しブレーキを作用させ、そして再び490kPaまでエアを込めると緩解します。

ここで問題になるのは込め過ぎたらどうなるか?ということです。

ブレーキ弁にはB7圧力調整弁というものがありまして、自動ブレーキ弁ハンドルを運転位置にすると490kPaまでエアを込めて、圧力に達するとそれを保持する役割があります。これとは別に圧力が超過したときに490kPaまで落としてくれる機能があります。

この「落とす機能」が問題で、例えば600kPa以上に込めてしまった場合所定圧力に戻そうとして「減圧」してしまうのです。すなわち先ほどの自動ブレーキの仕組み、減圧したらブレーキが作用するという状態が発生します。これをクリープオン現象といいます。


ここで昔の体験談をひとつ。

とある運転士見習い終盤、広島貨物ターミナル乗継後後部補機連結後のブレーキ試験のため自弁保ち位置で緩解させたところB7圧力調整弁の調子が悪く、圧力が上昇する間もなく針がブルブル震える現象が発生しました。何度かキックオフ(自弁ハンドルを込め位置へ瞬間的に持っていく動作)をすると正常になりました。

発車時にもこのような現象が発生したので教導運転士からクリープオン現象について注意するよう促されました。

途中西条停車、その後も下り勾配が続くので自弁操作をかなりの回数実施しましたが、そのたびにBP指針が震える現象が続き、キックオフで元に戻すという操作を実施。しかしクリープオン現象は発生しなかったので少し気が楽になっていました。

しかし運転も終盤、事件が発生しました。

新倉敷駅をフルノッチで通過、高梁川への上り勾配を90km/hで走っている最中に教導運転士が窓の外をみてからすかさず「BC!」と叫びました。みるとBCが100kPa程度に上がっていました。

やられた!

直ちにノッチオフで単弁ユルメ位置で緩解させましたが、タイヤからは煙が出ていました。これは流石に拙いということで直ちに輸送指令に連絡、倉敷4番へ収容となりました。

このあとやってきた検修社員がB7圧力調整弁をもってきたのでやはり知っていたのか!?とその時は思いましたが、非常用携帯電話で現象を細かく伝えていたのでB7圧力調整弁と推定できたのかもしれません。

タイヤ焼けはほとんどなくB7弁を交換したところブレーキ動作が正常になったため運転再開、西岡山で機関車交換。このあと列車は2時間遅れ、折からの台風接近により吹田信号場で24時間手配となってしまいました。

なおこの件はブレーキ操作中ではなく惰行運転及び力行運転が続いた中で唐突に発生した事象ということで『車両故障』として処理されました。


要はこのクリープオン現象がこの列車の運転途上でも発生した可能性です。

先ほど述べたとおりB7圧力調整弁の込め機能が不調というのは残念ながら弁体である以上発生しない現象ではありません。チリコシがあったとしてもエアにゴミが混入することは完全に防げないためです。話によるとEF81 98号車は全検前だったという話ですので、もしかしたら弁体の状態がよくなかった可能性もあります。

先ほどの空転対策よりもあり得る話だと個人的には思います。

ブレーキの緩解失念

自弁を使用すると機構上緩解が遅いので少しの速度節制なら単弁でお茶を濁すという傾向があります。特にこの列車は回送なので特に乗り心地を考える必要もなく単弁を使った可能性、そしてそのとき軽く当てたまま力行してしまった可能性です。

ちょっと考えづらいですが、機構的にも慣例的にもない話ではありません。

次に自弁ですがE26系客車は本来の自動ブレーキとは違い減圧や込めを電気指令に読み替えるのでそこまで緩解に時間がかかりません。先行列車のアタリがなかったとしても速度節制で頻繁でないにせよ数回程度なら使用した可能性があります。

ここで問題になるのが「保ち」位置です。

自弁使用後に緩解させるとき、まず保ち位置にして客車が緩解してから機関車のブレーキをゆるめるという操作が基本です。これは運転中の速度節制でも発車の際でも同じです。このとき意外にやらかしがちなのが保ちのままにしてしまうという誤操作です。

先ほどの単弁同様起こりにくいと思われがちですが、自弁保ち位置だと客車のブレーキが緩んでしまうので緩解したと勘違いすることも十分にあり得るということです。というのも自分が便乗中にブレーキ緩解後の保ちのまま暫く転がしている若手運転士の操作を目撃したことがあります。その若手はじきに気付いてさりげなく運転位置にしていましたが。

もしこのままノッチ入れていたらアウチです。

どれぐらいでの時間で焼けるかというとEF210のタイヤ過熱検知が力行運転時にBC100kPa以上が1分以上当たった場合に警報を出しますので、他もだいたいこれぐらいの基準と考えてもらっていいです。もし仮に船岡から貝田までだと1分どころの話ではないのでまあこの状態になっても不思議ではないです。

ちなみに力行運転中のブレーキは通常の制動とは比べ物にならないぐらい負荷がかかります。何故なら力行のエネルギーが制輪子に直接かかってしまうためです。

これに類するもので『ノッチ残し』というもっと怖いのも存在するのですが、それは違う機会にお話ししましょう。

ハンドル位置不適切

JR東日本の公式で推進運転の動画が上がっているのですが、ここでかなり疑問な操作方法をしているシーンがあります。

20分47秒を過ぎたあたりで何を考えたのか自弁を重なり位置にしています。しかもノッチが入った状態で。

ブレーキ準備のため重なり位置にもっていくという動作ならわかるのですが、ノッチを入れている状態でブレーキハンドルを操作するとか意味がわかりません。

先ほどの自弁位置を読んでいただくとわかるように重なり位置は減圧もしなければエア込めもしません。じゃあそれでいいのでは?と思ったら大間違い。エアが供給されなければホース連結器からのエアリークで減圧状態になりそのまま放置するとブレーキがかかります。

よって運転中はBPにエアを常時供給する運転位置に置くのが基本です。

エアリークなんて僅かと思われるかもしれませんが、接続口がゴムパッキンである以上わずかな漏れは発生します。確かにE26系客車の場合は空気指令読み替えの電気指令式なので接続口といえば機関車と客車をつなぐホース連結器の部分だけですが、条件次第ではエア漏れで自然制動状態になることはあり得る話です。

そして更に問題なのは、公式で撮影しているにもかかわらずこのような操作をしているということです。

撮影ともなると指摘を恐れて規定バッチリの取り扱いをするものなのですが、そのような状況下でもこのような操作をしているということは重なり位置での運転が常態化している可能性があります。もしかしてJR東日本は機関車運転の教育を最早適当なレベルにまで下げているのでしょうか?常識を疑うレベルです。

今回に関しては客車が不緩解ではないのでこのパターンは可能性が低いとはいえ、機器操作がこの様子では先ほどの緩解失念も現実味を帯びてきます。

制御弁がボケた

先にも述べたとおり機関車は自動ブレーキと直通ブレーキの混成となっていて、この相反する動作を同じ制御弁の中でやっています。これが14番制御弁と呼ばれるもので、正式にはEL14AS空気ブレーキ装置といいまして自動ブレーキを司る弁体に更に直通ブレーキ機能を付加したオバケ制御弁です。

このゴチャゴチャした弁体は実によくできていまして、自弁でBPを減圧したときにはそれ相応の空気圧がBCへ、単弁でエアを送り込むとそれに伴い同じく弁体が動いてBCへ入るようメチャクチャ複雑な動きをします。

要はちょっとの誤差で弁体が止まるということです。

具体的な症状としてはブレーキを緩解させるため自弁ハンドルを運転位置にもっていってもBPにはエアが入りつつも「シッ…」というわずかな音だけしてBC圧が残っているという状態です。本来ならハンドル操作どおりに制御弁が動くようになっているものの、エアの供給量その他の条件が重なるとこのように「ボケた」動作をしてしまうのです。

この現象は列車を組成した直後またはわずかな減圧によるブレーキを緩解したときに好発します。

とはいえ対処できないものではなく、単弁急制動位置→運転位置もしくは自弁ユルメ位置に一瞬だけもっていくと制御弁の動作がリセットされて自然と排気します。

よって一般的に言われる緩解不良とは別の性質と考えていただいてよいかと思います。

機関車の廃止が加速される可能性

ここまでBCが上がったまま走行した原因について考察してみましたが、いずれの状況であっても運転士が圧力計を確認していれば十分に防げる内容です。五つの例を考察しましたがBC圧に気づきさえすればどの状況でもハンドル操作で緩解できますし、もし何らかの理由で緩解できなかった場合でもその時点で停止すればいいだけの話です。その点においては大変残念な結果でした。

なにせ発煙が認められてから停止するまでが長すぎました。

東日本会社の取り扱いがどのようになっているか当方は知る由もありませんが、もし確認フローがあったにもかかわらず発見できなかった場合、仮に車両故障であったとしても残念ながらこの運転士に対する処分は免れ得ないと思います。

なお動画からも各台車から火花が出ていること、またストロークが伸びている画像からもBC圧が上がっているのを見て取れることから圧力計が検知しない故障は否定されます。そもそも圧力計に圧がなかったらBCはすっぽ抜けになってますのでタイヤ焼けは起きません。

EF81の配管図です。圧力計は機械的なものは通らず基本的にBCに直結しているのがお判りいただけるかと思います。

とはいえ確認動作だけに頼るのは心許ないのも事実でして、現に貨物会社では『単弁残し』という言葉があるぐらい運転事故の中では定番中の定番で、第1閉そく信号機喚呼後に圧力計の確認を義務付けていても発生しています。

となるとハード面の対策ということになりますが、機関車列車は機関車と客車貨車のブレーキが分かれている機構上の問題と空転・衝動対策による操作上の都合からブレーキオフ接点(ブレーキハンドルが運転位置でなければ力行できない回路)が設定できない事情があります。

新形式車においては先ほど少し書いたEF210から追設された熱検知が存在しますが、これですら検知したときには既に発煙しているはずです。機関車が機関車である以上これを完全に防ぐことはできないと言えます。

人間の注意力だけに頼る現状において究極の対策は機関車の廃止です。まさ東日本会社の施策そのもので、今回の事故でそれが一層加速されそうな気がしてなりません。

最悪の場合タイヤ変形で脱線になりかねない今回の事象、救援手配に至ったとはいえ無事に停止できただけよかったのかもしれません。列車事故もしくはインシデントに相当する事象ではないので、このまま内容が公表されずに終わっていく線が濃厚かと思います。

願わくば「機関車廃止の加速」が的中しないことを切に祈る次第です。

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