ヒヤリハットは鉄道に馴染まない

鉄道現場

ヒヤリハットという言葉はご存知でしょうか?現場の仕事における労働災害の一例として用いられる「ハインリッヒの法則」の「1の重大事故の背景に29の軽微な事故があり300異常が存在する」という内容の300に相当するもので、ヒヤリとした!ハットした!という気付きという意味でこの名が使われています。今日はその話です。

ヒヤリハット

鉄道の運転というものは基本動作というものが定められています。いわゆる指差確認喚呼がいちばんよい例で、機器の操作をする際は対象物を指で差して確認するだけでなく声に出して耳で聞くことが重要とされています。これはミスを極限するのに有効といわれていますが、それでも抜けが生じるのが人間というもので、どれだけ気をつけていてもふとした瞬間に落とし穴にはまってしまうものなのです。

人間はミスをする動物なので致し方ないと思います。

しかしながら嵌る罠というのはやはり誰もが陥りやすい注意点であるのも事実でして、そこで有効になるのが先ほどお話しましたヒヤリハットというものになるのです。要はミスは同じ場所で起きやすいということです。鉄道に限らず現場の仕事でウイークポイントは存在すると思いますが、これを周知対策するのがヒヤリハットという制度です。

責任追及の文化

しかしここで問題になるのが責任追及という文化です。

鉄道というものはミスが許されない文化が存在します。例え軽微な事象、スイッチの誤扱いや時刻の誤認、直接人命につながらないものであっても運転事故として処分される恐れがあり、報告を極端に嫌うというのはよくある話です。また処分を極度に恐れて実際に危険な事象があっても発覚するまでダンマリというのは福知山脱線事故に至る経緯でも記憶に新しいところです。

実は先日ちょっとした誤認があり直前に同僚の指摘があり回避できたという事象があったのですが、折角なのでヒヤリハット報告書を提出しようと思い上司に報告したところ、

「そりゃ自分が悪いんじゃないか」

と言われて目が点になりました。はい、自分の誤認ですと申し上げたのですが、ヒヤリハットというのは他責の事象について改善を促すために書くものだという論で受け付けてくれませんでした。

それじゃヒヤリハットじゃなくてチクリハットじゃないですか!

と流石にそれは言いませんでしたがガッカリしたのは事実です。報告書は作成しましたが提出することなく終わってしまいました。

事なかれ主義の文化

実はこのような事例は特殊なわけでなく、鉄道の現場においては枚挙に暇がありません。

忘れもしないのが大手鉄道会社にいたときのこと、とある駅を惰行で通過した直後にわずかながらフワっと浮く感覚がありました。普段通過する際にはそのようなことがなかったので、もしかしたら線路が傷む兆候かと思い、到着後この件を当直助役に報告しました。すると、

「で?それで停止したのか?」

と第一声、明らかに詰問する口調です。

「いえ、浮く感覚があっただけで異音もなく見通しの範囲内においては特に異常はなかったので停止しませんでした」

と答えると、

「異常があったら停止するのが常識だろう。線路異常があったのに停止しなかったら運転事故として責任を取ることになるぞ」

本当に驚きました。早期修繕に貢献できると考えていたのに、まさかこちらの責任になるという物言いは驚きを通り越して恐怖しましたね。それでも勇気を振り絞って、

「大きな異音や衝撃があったら止まりますが、普段と少し違うぐらいで止まらなければいけないのですか?」

と聞き返しましたが、

「そのような滅多なことを言うんじゃないという意味だ。この件はなかったことにする」

これでおしまい。

この助役さんは経験知識が豊富で話をお聞きすることが多かったので余計にショックでした。今思えば私をかばう気持ちだったのかもしれませんが、まさに事なかれ主義の最たるものです。これ以降報告を躊躇う気持ちが芽生えたのは事実、まさに闇落ちした瞬間でした。

それでも続けるヒヤリハット

しかし会社としてはヒヤリハットは必要だと思っているようで、現場の実情を知ることもなく提出を促してきます。当然のことながら現場長会議でも取り上げられるようで、あまりに少ないと今度は提出件数を無理やり伸ばすよう促されますが、ミスと指摘されかれない内容は避けたいという思惑と板挟みになります。こうなると歪みが生じるのは目に見えていて、無難なものを無理やり提出させるという事態に陥ります。

最たる例は近々で遭遇したヒヤリハットを各自いつまでに提出せよというお触れ、言わばヒヤリハット強化月間です。もっと露骨だと月間訓練でヒヤリハットを書く時間をつくってその場で記入せよという例もありました。

正直こんなのでヒヤリハットを書いても思いつきの適当なものを書くだけで何の実効性もないと思うのですが、件数だけを提示して「当職場ではヒヤリハットの提出は堅調で安全対策が進んでいる」と現場長会議で報告がなされるので本当に困ったものです。

まさに経営側と現場のミスマッチです。

ヒヤリハットを出しづらい文化と認識している事業者も一定数存在するようで、無記名式にしたり責任追及しないと明言していたりとしている例も散見されるものの、結局普段から責任追及型の管理体制なので実効性は乏しいと言わざるを得ません。酷い例になるとヒヤリハットは出しづらいので出来事メモを提出するようお願いしている事業者もあります。

それこそヒヤリハットを機能させるべきでしょうに、と思うのは私だけではないでしょう。

線引きが難しい

そもそも何もないが当たり前の職種で失敗談を語るのは難しいと思います。

「事故」という言い方が報告を躊躇わせるということで「事象」と命名を変更した例がありましたが、結局「事象を起こさない運転士になるには」という内容の訓練がなされたのを見たとき、結局言葉を変えたところで実態は同じ、ミスがあればつるし上げになるだと感じました。

例えば医療従事者で「○○の処置に誤りがありました」というのが報告すれば許されるのかといえば恐らく世論的に無理だと思います。このような職場でヒヤリハットをポンポン出せるのかと言えば難しいのではないでしょうか?でも本来ならこういう場でこそ積極的に活用すべきなのですがね。

事故を防ぐために最も近道な制度のはずが職種の性質から活用できないというのは何とも歯がゆい話であります。

結局のところ運転事故と定義が存在する限り線引きが難しいというのが結論ですね。危なかったイコールそれってやらかしてますよね?という根本的な考えから脱却しない限り鉄道事故は無くならないと思います。

あかつき

しがない鉄道マン・兼業ミュージシャン。 機関車乗りを長くやったのち電車乗りに。そしてまたもや機関車乗りになったあと電車乗りに。 フラフラしながら今日も小さな電車を転がしています。

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